大判例

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札幌高等裁判所 昭和55年(ネ)203号 判決

控訴人(第一審原告)

及川商事株式会社

右代表者

及川タマ

右訴訟代理人

田中紘三

渡辺敏郎

渡辺裕哉

被控訴人(第一審被告)

松井雄吉

川崎康治

折田武志

右三名訴訟代理人

諏訪裕滋

主文

原判決中被控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。

被控訴人らは、控訴人に対し連帯して金六七六二万五二九五円及びうち金六六三五万〇七九五円に対する昭和四八年一二月三一日から、うち金一二七万四五〇〇円に対する昭和四九年八月九日(ただし、被控訴人川崎については同月六日)から、各支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、一審とも被控訴人らの連帯負担とする。

この判決は、控訴人において被控訴人らに対し各金一〇〇〇万円の担保をたてるときは勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一拓富商事が受取人欄を白地として本件各手形を振出したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件各手形の受取人欄に訴外会社名が補充されたこと、訴外会社は本件各手形を各呈示期間内(ただし、第四の手形については呈示期間後である昭和四八年一〇月三一日)に支払のため支払場所に呈示したこと、控訴人が本件各手形を所持していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二〈証拠〉によれば、控訴人は、昭和四八年一〇月一五日訴外会社との間で同社を吸収合併する旨の契約をし、それぞれ株主総会の決議を経たうえ、昭和四九年四月一六日その旨の登記手続を経由したことが認められるから、訴外会社の本件手形債権は控訴人に帰属するに至つたものというべきである。

三(一)  〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

1  訴外大沢商会は国内一円に時計、貴金属等の卸売を業としているものであつて、北海道地区における営業のため札幌支店を設けていること、訴外井上知三は昭和四五年一月二六日から昭和四八年八月二六日まで同支店の時計課長の職にあつたものであること、控訴人(合併前の訴外会社を含む。)は、昭和三〇年に設立されたもので、いずれも帯広市内に本店をおき、時計、貴金属等の卸小売を業とし、大沢商会札幌支店とは長年に亘つて取引関係があり、その重要取引先の一つであつたこと。

2  訴外カネトモ商事株式会社(以下カネトモ商事という。)は、貸金業の目的(昭和四八年七月時計販売、貸金業等に目的を変更)で昭和四一年設立されたものであるところ、昭和四五年ころから大沢商会札幌支店と取引をするようになり、取扱品目は、当初時計等の長期滞留品を廉価で仕入れることを主とし、現金決済を原則としていたが、その後、通常商品をも仕入れるようになり、代金は、特別の場合を除いて国産品は上代(標準小売価格)の六割五分、外国品は六割六分を基準とし、漸次約束手形による支払を原則とするようになつたこと。

3  大沢商会札幌支店は、取引先との取引に際しては、毎月二〇日現在で売上高及び入金額を計算のうえ、取引先との約定による値引(バックリベート)の処理をしたうえ、取引先に毎月請求書を発行することとし、この方法以外に減額あるいは商品の無償交付というような措置は講じていなかつたこと。

4  大沢商会においては、小量の長期滞留品や傷のあるものについて各支店長の決裁により値引するほか、多量の長期滞留品については本社時計部長の決裁により値引をしていたもので、いずれの場合にも取引の都度これを明確に会計処理をすることとし、後日にその処理をするというような方式は採用していなかつたこと。

5  大沢商会札幌支店は昭和四七年夏ころカネトモ商事の紹介により金融業等の目的(昭和四七年六月時計、貴金属等販売業に目的変更)で昭和四〇年設立された拓富商事を知り、同社が大沢商会との取引を希望したことから、昭和四七年九月二〇日両社間において期間を一か年とする取引契約が締結されたが、その際、バックリベートその他の値引については一切特約されていなかつたこと。

6  大沢商会時計部長は、昭和四七年秋ころ拓富商事との取引がその関連の訴外リレント化粧品北海道販売株式会社との取引分をも含めると非常に多額の売掛となつていること及び拓富商事へ納入した商品の一部がそのころ神奈川県下の大手スーパーで安売品として出回つていたことから拓富商事との取引を即時取り止めるべきものと判断し、昭和四七年一〇月ころ同社の札幌支店長に対しその旨を指示したこと。

7  大沢商会札幌支店時計課長であつた井上知三は拓富商事の代表者であつた被控訴人松井雄吉に対し右指示を伝えたところ、同人から契約違反であると反論され、また、商品の供給先として他社を紹介するよう求められたため、そのころ従前から取引のあつた控訴人を紹介し、三者協議の結果、控訴人が大沢商会から仕入れた商品を拓富商事が控訴人から買受けることとし、その際、商品は大沢商会から拓富商事へ直送すること、拓富商事は控訴人に対し前記基準(国内品は上代の六割五分、外国品は六割六分)による代金を約束手形で支払うこととし、控訴人は大沢商会に対し右代金額から既にバックリベートとして慣例となつていた五分を控除した金額を約束手形で支払う旨を約し、この契約による取引は昭和四八年八月ころまで継続したこと。

(二)  以上の事実が認められる。この認定に反する甲第三号証の二は、井上知三の転勤後に作成されたもので、大沢商会札幌支店の担当者の立会いがなかつたなどの作成の経過に照らすと、その記載内容は直ちに措信できないし、また、原審における証人松井鴻光の証言、原審における被控訴人ら本人の各供述は、全証拠によるも拓富商事がいわゆる差額として商品を無償で受領した形跡が認められないこと、被控訴人ら主張の特約を裏付けるべき契約書等の書証が存在しないこと(乙第一号証ないし第三号証はカネトモ商事に対するものと認められる。)のほか、前掲各証拠に照らし措信できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四(一)  請求原因2(一)の事実及び被控訴人松井が本件第一ないし第四の各手形を、同折田が本件第五ないし第一五の各手形を、それぞれ拓富商事の代表取締役として振出したこと、拓富商事が昭和四八年一〇月一日銀行取引停止処分を受け倒産状態となつたことは、いずれも当事者間に争いがなく、控訴人が本件各手形金の回収が不能となり手形金相当の損害を被つていることは弁論の全趣旨から明らかである。

(二)  〈証拠〉によると、拓富商事は、大沢商会及び控訴人から仕入れた本件商品を、平均して上代の五割程度で販売していたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(三)  そうすると、拓富商事は、仕入価格を下回つた価格で本件商品を販売するのを常としていたものといえるから、他に特段の事情の認められない本件においては、本件取引の当初から、拓富商事の経営者たる被控訴人らにおいては、同会社の経営が遠からず破綻するに至るであろうことが予見されたものといわなければならない。

五(一)  以上の争いない事実及び前記各認定事実によると、被控訴人松井、同折田は、本件各手形の各振出日のころにおいて、これらの手形がいずれも各支払期日に決済される見込みが全くなく、この不渡により控訴人に損害が及ぶことを知りながら、それぞれ拓富商事の代表取締役として在任中、前記のとおり振出したものと認めるほかはない。

(二)  また、〈証拠〉によると、被控訴人松井は、代表取締役辞任後も取締役として被控訴人折田とともに拓富商事の経営に深く関与していたことが認められる。この認定に反する〈証拠〉は、前掲各証拠に照らし措信できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、被控訴人松井は、他に特段の事情の認められない本件においては、被控訴人折田が前記のとおりの放漫経営をしていることを知りながら、取締役として代表取締役である被控訴人折田の業務執行を監視する義務を怠つたものというべきである。

(三)  被控訴人川崎が本件各手形の振出された時期に拓富商事の代表取締役もしくは取締役の職にあつたことは前記のとおり当事者間に争いのないところ、〈証拠〉によると、同被控訴人は、被控訴人松井の依頼を受けて取締役になつたものの、拓富商事の取締役会等には出席したことがなく、時に被控訴人松井から同社の取引方針等について相談を受ける程度で、その業務の執行には殆んどかかわらなかつたことが認められ、結局被控訴人川崎は、拓富商事の取締役として、被控訴人松井、同折田が前記のとおりの放漫経営をしていることを知りながら、または重大な過失により知らずに、同人らの代表取締役としての業務執行を監視する義務を怠つたものというべきである。なお、被控訴人川崎は名目的に取締役として名を連ねたにすぎないから右責任を負わないものである旨主張するが、同被控訴人は、取締役就任を承諾し、前記のように被控訴人松井から相談を受ける立場にあつたものである以上、前記責任を免れることはできないものである。

(四)  被控訴人折田が拓富商事の代表取締役に就任した際には、既に本件第一ないし第四の約束手形が振出されていたものであるところ、代表取締役としては同社の経営を健全にして右各手形の支払を確実にすべきであるのに、前記のとおりあえて放漫経営を継続し、同社を倒産するに至らしめたものであるから、右各手形の不渡により控訴人に生じた損害については、代表取締役としての責任は免れないものといわなければならない。

六そうすると、被控訴人らは、いずれも拓富商事の代表取締役もしくは取締役として、商法第二六六条の三に基づき本件各手形の不渡によつて控訴人に生じた損害を連帯して賠償すべき義務があるものというべく、控訴人の被控訴人らに対する本訴請求は、被控訴人らに連帯して本件各手形金合計金六七六二万五二九五円及びうち法定の呈示期間内に支払のため呈示された第一ないし第三、第五ないし第一五の各手形金の合計金六六三五万〇七九五円に対する、第一五の手形の支払期日でありその余の各手形の支払期日より後である昭和四八年一二月三一日から並びに第四の手形金一二七万四五〇〇円に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九年八月九日(ただし、被控訴人川崎については同月六日)から各支払済まで年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきものである。

七よつて、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧田薫 吉本俊雄 和田丈夫)

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